2026/6/23
ビジネスにおいて「お客様に合わせる」という言葉は、多義的だ。
それは市場のボリュームゾーン、つまり「最大公約数」のニーズに製品を適合させていくことなのか。それとも、目の前の一人という「個」の要望に徹底して寄り添うことなのか。
例えるなら、寿司屋のあり方に近い。
回転寿司は、不特定多数が好むネタを効率よく提供する。それはそれで一つの完成された仕組みだが、そこには「私という個」への眼差しは薄い。一方で、職人がカウンター越しに握る江戸前寿司はどうだろう。季節の魚を選び、客の好みに合わせてシャリの大きさや握り加減を変える。そこには密なコミュニケーションと、互いに寄り添う感覚が生まれ、それが格別の満足感へと繋がっていく。
しかし、「個」に合わせることは、単に何でも言うことを聞くことではない。
世界的なホスピタリティで知られるリッツ・カールトンには、「紳士淑女をおもてなしする私たちもまた、紳士淑女である」という有名なクレドがある。彼らは、自分たちが提供するサービスの価値を理解してくれるお客様を「限定」しているのだ。
この姿勢は、日本の茶の湯における「主客一体」という思想にも通じている。
亭主(もてなす側)と客(もてなされる側)が互いに敬意を払い、共にその場を創り上げていく。単なる「サービス」と「消費」の関係ではなく、同じ世界観を共有することで、その場にしかない至高の満足が生まれる。
これは、提供する側と受ける側の「対等な関係」を示唆している。
相手を限定し、その「個」に対して深い専門性と技術で応える。そうすることで初めて、経済的な合理性を超えた「あと少しの手間とコストで、理想が叶う」という、唯一無二の価値が生まれるのだ。
もちろん、手間もかかれば、高度なコミュニケーション能力も求められる。
それでも、最大公約数的なニーズを満たすだけのビジネスから一歩踏み出し、目の前の一人のために「合わせる」勇気を持つこと。主客が一体となって価値を共創する、その判断こそが、これからの商いの豊かさを決めるのではないだろうか。
(文/山田郁二)