2026/6/18
業務課題が発生した際、会議を経て上司や経営者が最終判断を下す。これはよくある光景だ。しかし、決まった方針を進めていると、必ずと言っていいほど新たな課題に直面する。往々にして、判断の裏には「トレードオフ」の関係が見え隠れするからだ。
例えば、「資材高騰による赤字を埋めるため、価格を上げたい」というケース。
本来なら十分な顧客伝達の準備期間を設けたいところだが、今回はスピードを最優先し、即座の値上げを断行する。このとき「丁寧な伝達準備」はトレードオフとして諦める(限定される)ことになる。
だが、いざ実施されて現場から「もっと丁寧に伝達してほしい」と声が上がると、「いったん諦めたはずの伝達方法を見直して、早急に対応せよ」などと、後出しジャンケンのような指示が飛んでくる。
現場の課題に対応しようとする姿勢は理解できる。しかし、ここで見落としてはならないのは、「判断を下すということは、何かを捨てること(トレードオフ)と同義である」という点だ。
判断とは、複雑な条件の中で「何を一番に優先するか」を決める行為に他ならない。当然、優先順位から漏れた要素は不満や歪みとなって表出する。すべてが丸く収まるのなら、そもそも「判断」など不要であり、ただ実施すればいいだけだ。
「AかBか、どちらを優先するか」
これを決めるのが判断である。だとすれば、判断を下した者は、優先順位を下げた側から出る不満や痛みを「受け止める覚悟(腹)」を持たねばならない。
その覚悟がないまま、「現場が困っているから何とかしろ」と場当たり的に対応していては、業務は際限なく膨れ上がっていく。一つの課題をクリアしたところで、新しい要望は次から次へと生まれてくるからだ。
判断者は何を優先すべきかを明示し、その結果生じる不利益の責任も負わなければならない。判断とは、本来それほど重いものだ。
トレードオフという冷徹な視点を持って課題と向き合うこと。これこそが、判断者に求められる絶対の条件ではないだろうか。
(文/山田郁二)