2026/6/23
「あの人の過去の経験が、かえって邪魔をしている」
ビジネスの現場や組織改革の局面において、私たちはしばしばこのような言葉を耳にする。過去の成功体験に縛られ、新しい変化に対応できないベテランを揶揄する文脈で使われることが多い。
しかし、この言葉を聞くたびに、私はある種の違和感を拭えずにいた。なぜなら、「経験が邪魔をしている」と口にするのは、大抵の場合、経験者本人ではなく、その周囲にいる「第三者」だからである。
なぜ、真逆に言われてしまうのか。それは経験そのものの良し悪しではなく、受け手側がそれを「活用できるか、できないか」の違いにあるのではないだろうか。
「あの経験はもう古い」と切り捨てることは簡単だが、そこには何の生産性もない。真に生産的な組織や人間は、「経験が邪魔をする」と相手を否定するのではなく、「その経験をどう生かすか」を考える。
経験者を遠ざけてしまう人は、どこか自分のやり方で周囲をコントロールしたいという傾向があるのかもしれない。一方で、経験者を歓迎し、上手に活用する人は、常に「人から学ぼうとする姿勢」を持っている。
他人の経験とは、いわば「生きた書物」のようなものである。
私たちは本を読むとき、「自分にはない知見や歴史を得よう」と、敬意を持ってページをめくる。本を読んで「この著者は過去に縛られている」と怒る人はいないはずだ。自分でゼロから失敗し、体得しようとすれば10年、20年とかかる膨大な時間と試行錯誤のプロセスを、本を読むことで、わずか数時間に短縮して自分の血肉にできる。だから本を読むのだ。
目の前にいる「経験者」という存在も、全く同じではないだろうか。
その人が何年もかけて組織や現場で培ってきた成功と失敗のデータベースは、自分にはない知見を、最も短時間で、最も生々しく取り込める最高の教材なのである。これほど効率の良い学びの源泉を、主観的な煙たさだけで遠ざけてしまうのは、あまりにも勿体ない。
「経験が邪魔をする」のではない。他人の経験を「邪魔」だと感じてしまう、受け手側のスタンスにこそ課題があるのだ。
周囲の経験を「障害物」として排除するか、それとも「豊かな書物」として開き、貪欲にページをめくるか。その姿勢の差こそが、巡り巡って、その人自身の成長のスピードと、組織の器の大きさを決めるのではないかと思う。
あなたの周りにある「生きた書物」を、自分の都合で閉じてしまってはいないだろうか。
(文/山田郁二)