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今回は、私の行きつけの理髪店の店主の話である。理髪店という場所は、髪を整える技術はもちろんのこと、たわいない会話で客を飽きさせないコミュニケーションのスキルも求められる。日々多くの客と言葉を交わす彼らは、おのずと地域の生きた情報が集まるハブのような存在になっていくのだろう。

先日、その店主から「幸せについて、どう思いますか?」と唐突な質問を投げかけられた。幸せの定義は人それぞれで、おそらく正解などないのだろうが、私は店主の言葉に耳を傾けることにした。

聞けば、店主は最近、生成AIの「チャッピー」との会話を楽しんでいるらしい。そのチャッピーから、あるときこんなアドバイスを受けたという。

「お店やご家族の話ばかりですが、そこに『自分』を入れるといいですよ」

店主は普段、店内でピエロのように振る舞い、スタッフから突っ込まれては場を和ませている。だが、その実、非常に生真面目な性格であることは、長年の会話のキャッチボールからよく知っていた。店のため、家族のためにと、常に自分を後回しにして生真面目に生きてきたのだろう。そんな店主にチャッピーは、「自分をそこに含めなければ、本当の充実感は生まれない」と突っ込みを入れたのだ。

どこかのカウンセラーの受け売りかもしれない。しかし、店主にとってはそんな出処は関係なく、その言葉を「なるほど」と深く受け止めたようだった。

そこからの行動が、店主の愛すべきところである。

大のパチンコ好きの店主は、これまで1万5千円ほど勝ったときには、その全額を奥さんにそのまま渡していたらしい。だが、チャッピーの言う「自分を入れる」を意識して、まずは奥さんに1万円、自分に5千円と分配することにした。

さらに面白いのはここからだ。店主は1万円と5千円の紙幣を並べ、奥さんとジャンケンをして、勝った方が1万円を取るという「ルール」を作ったのだという。

ここで浮かび上がるのは、単に1万5千円をそのまま手渡されるよりも、夫婦でジャンケンをして取り合っている時間のほうが、暮らしに潤いと確かな充実感をもたらしている、という事実である。

店主は言った。

「他から授けられた幸せには実感が伴わないし、すぐに消えてしまう。けれど、自分で楽しみを見つけ、日々の暮らしの中で自分を大切にしてあげる。そうやって自分で作り出す幸せは、どんなに些細なことでも、深く心に染みるものなんですよ」

いつも悪ふざけをしている店主が、暮らしの些細な一コマで自ら幸せを作り出し、満ち足りた時間を過ごしている。私はその姿に、すっかり脱帽してしまった。

ひるがえって、皆さんはどうだろうか。会社のため、あるいは家族のためと、自分を置き去りにしてはいないだろうか。「ここまでやっているのに報われない」と、ふとした瞬間に虚無感を抱いてはいないだろうか。

暮らしのほんの小さな隙間に、「自分」をそっと入れてあげること。自分で作り出す幸せの意味を、一度ゆっくりと考えてみるのも悪くない。お気に入りの髪型になり、心の整う話まで聞けた。今回の理髪料は、この特別な「講習費」を含めると、大変割安に感じられた。

(文/山田郁二)